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誰にでもやってくる未来の話

こう、タイトルのように表現すると明るい将来の話をするみたいで、ワクワクしますね。

 

じゃあ、「死ぬ」ことについてのお話を書きます。

 

誰にでも訪れるイベント、それが死です。

 

死ぬ、ということはとても身近にあるものです。

近年では医療技術が進み、平均寿命が伸びています。日本は平均寿命が一番長いです。

だけど、死ぬイベントというのはそう遠くにある話ではありません。人間、死ぬときは死ぬのです。

 

でも、なんでこんな話をするかというと、人々は死に対して恐怖を抱きすぎていると思うからです。

 

 

死ぬことってそんなに怖いことですか?

 

 

もう少し、気軽に考えてもいいんじゃないかなと僕は思います。

別にこの考えを強制しようとは微塵も思いません。でも、死に対して逃げていては生きることに対しても逃げることになりませんか?

 

 

 

その畳むタイミングというのも重要です。先程、平均寿命の話が出ましたが、日本人が死ぬ時にいる場所の8割は病院です。医療が進んで死ぬときにも色んな形が出来ました。植物状態だが延命を希望する者、死んだ後に健康な臓器を必要とする人にあげる者。

今の時代では自分がよくわからないタイミングで死ぬことは稀かもしれません。

だから、その時にどうしたいかを考える時間はたっぷりあるのです。

 

 

死ぬ、というよりは生きるのを辞めると考える人もいます。人生のピークが来たから生きるのをやめようと自殺する人も少なくないかもしれません。あるいは、昔と比べて随分生きるのが億劫になったから解放されようと死ぬ人もいるでしょう。

そういう人を「命を大切にしなさい」とか「もっと明るく生きよう」と説教するのは僕は違うと思います。それはもはや人権侵害レベルとも言えるのです。

 

あってもいいじゃないですか、「生きるのを辞める権利」くらい。

何も天寿を全うする義務なんて憲法には書いてませんから。

 

死なれた側の人のことを考えろと言われても、本人の人生です。本人が選択した道にケチを付けるような人間には勝手に思っていやがれという感じだと思います。

死ぬこと以外でも言えることです。

 

うん、だからここはひとつ、そろそろ安楽死制度を整備すべきだと僕は声を大にして言いたい。